2007/04/29 (Sun) 01:13:22
先月末近くに富士グローバル・アクティブ・オープンを売り、先日運用報告書を受け取って、富士グローバル・アクティブ・オープンとの付き合いは終わることになったのだが、このファンドからは運用成績の良し悪しは別として、投資に必要な重要なことを学んだような気がする。
人生ではじめて投資信託を買ったのは1999年で、ちょうどITバブルの始まった頃であった。1980年代後半から1990年代前半のバブルが崩壊して大きく下げていた日本株式であったが、大きく下がった分割安だと感じており、その時購入していたファンドは全て日本株式のものだけであった。買ってからはITバブルにも乗り一時は大きく上昇した。
その後ITバブルの崩壊を経て、欧米株式は大きく下げ、日本株式も同様に大きく下げた。約10年もの間低迷し続けた日本株式の裏では欧米株式はそれなりの成長を続けていて、欧米株式同様に日本株式も大きく下げる有様を見て、日本株式の復活を期待しつつも、日本株式は本当に割安なのか?日本経済の力は欧米に勝る力があるのか?と疑問に思うようになっていた。政治的にも世界の中で日本の地位は決して高いとは言えず、世界に目を向けるべきではないかという思いが強くなっていくのであった。
その当時インデックスファンドの存在は認識していたが、市場平均で満足などできないとの思いから、もっぱらの興味はアクティブファンドであった。世界株式に分散投資するアクティブファンドに投資しようと決め、いくつか探したのだが、運用方針はどれを見ても立派なことを謳っており、はっきりとした違いは過去の運用成績くらいしかなかった。
ITバブル崩壊直後であったが、まだそれほどITバブル崩壊と認識されていなかった頃でもあり、ITバブルに踊ったファンドの運用成績の良さが目立っていた。その時目に留まったのが富士グローバル・アクティブ・オープンであった。その時の直近の決算で分配金を5,000円も出せるほどの運用成績を収めていたのである。信託報酬は1.6275%とその頃は特別高い感じもしておらず、このファンドを買うことに決めてしまったのである。2000年8月のことであった。
急激に大きく上がった株は下げる時も急激に大きく下げるのが一般的だが、投資信託の場合は銘柄を入れ替えることで下げは抑えられるだろうとの思いもあったのだが、それは全くの考え違いであった。ファンドマネージャーはITバブルの成功体験から逃れることはできず、その後、世界同時多発テロ、エンロンなどの不不正会計事件などもあって、しばらくは急落続き。運用委託先を変更するにまで至った。
運用委託先変更後も運用成績は改善されず、このときはじめてアクティブファンドの大きな問題を認識したのであった。市場平均に勝つことは難しい、運用コストが大きく圧し掛かる、など、体験してはじめて認識できたのであった。
それでも、再びの復活を期待して毎月の購入は続けていたのだが、一向に運用成績は改善せず、2002年についに追加購入は諦めた。大きな含み損を抱えていることが売却することを躊躇わせ、保有は続けることに。あとはいつ処分するか、そんなきっかけを探す日々が続くことに。
今年になって楽天証券で海外ETFが比較的安い手数料で購入できることになったので、ちょうど良いきっかけだと思い、海外ETFへの乗換で富士グローバル・アクティブ・オープンを売却した。購入を開始してから6年以上かかった。長かった。
こんな体験をして、そしてウォール街のランダムウォーカーなどの優良な本に出会ってはじめてインデックス投資の有効性に気づくことになった。富士グローバル・アクティブ・オープンを購入して失敗したと思うような目に合わなかったら、優良な本を読もうと思うことも無く、インデックス投資の有効性に気づくことも無かっただろう。また今もまだアクティブファンドに大きな期待を持って購入していたかもしれない。そういう意味では富士グローバル・アクティブ・オープンは皮肉にも真っ当な投資のやり方に気づかせてくれたファンドであると言える。
成功体験や良い結果への期待から抜け出せず、いつまでも良くないやり方を続けてしまう人が少なくないだろう。でもそれは仕方の無いことだとも思う。だから、失敗するなら投資資金があまり膨らまない最初のうちに経験しておいた方が良いと思う。100万円の5割の50万円を失うのと、1,000万円の5割の500万円を失うのとでは、同じ5割でも大きな差だ。最初のうちにいろいろ経験をして、その中の失敗から多くを学べばいいのではないだろうか。
私はまだまだこの先の運用期間はあると思っているので、時間はかかったが比較的早い時期に大事なことに気づいたとも思っている。富士グローバル・アクティブ・オープンの運用成績は良くなかったが、学べたことは多かったというのが本音かもしれない。
※富士グローバル・アクティブ・オープンについては、私が投資した期間はあまり良い成績でなかっただけで、今後については全く予想できず、すばらしい成績を収める可能性だってある。その辺は各自でご判断を。
人生ではじめて投資信託を買ったのは1999年で、ちょうどITバブルの始まった頃であった。1980年代後半から1990年代前半のバブルが崩壊して大きく下げていた日本株式であったが、大きく下がった分割安だと感じており、その時購入していたファンドは全て日本株式のものだけであった。買ってからはITバブルにも乗り一時は大きく上昇した。
その後ITバブルの崩壊を経て、欧米株式は大きく下げ、日本株式も同様に大きく下げた。約10年もの間低迷し続けた日本株式の裏では欧米株式はそれなりの成長を続けていて、欧米株式同様に日本株式も大きく下げる有様を見て、日本株式の復活を期待しつつも、日本株式は本当に割安なのか?日本経済の力は欧米に勝る力があるのか?と疑問に思うようになっていた。政治的にも世界の中で日本の地位は決して高いとは言えず、世界に目を向けるべきではないかという思いが強くなっていくのであった。
その当時インデックスファンドの存在は認識していたが、市場平均で満足などできないとの思いから、もっぱらの興味はアクティブファンドであった。世界株式に分散投資するアクティブファンドに投資しようと決め、いくつか探したのだが、運用方針はどれを見ても立派なことを謳っており、はっきりとした違いは過去の運用成績くらいしかなかった。
ITバブル崩壊直後であったが、まだそれほどITバブル崩壊と認識されていなかった頃でもあり、ITバブルに踊ったファンドの運用成績の良さが目立っていた。その時目に留まったのが富士グローバル・アクティブ・オープンであった。その時の直近の決算で分配金を5,000円も出せるほどの運用成績を収めていたのである。信託報酬は1.6275%とその頃は特別高い感じもしておらず、このファンドを買うことに決めてしまったのである。2000年8月のことであった。
急激に大きく上がった株は下げる時も急激に大きく下げるのが一般的だが、投資信託の場合は銘柄を入れ替えることで下げは抑えられるだろうとの思いもあったのだが、それは全くの考え違いであった。ファンドマネージャーはITバブルの成功体験から逃れることはできず、その後、世界同時多発テロ、エンロンなどの不不正会計事件などもあって、しばらくは急落続き。運用委託先を変更するにまで至った。
運用委託先変更後も運用成績は改善されず、このときはじめてアクティブファンドの大きな問題を認識したのであった。市場平均に勝つことは難しい、運用コストが大きく圧し掛かる、など、体験してはじめて認識できたのであった。
それでも、再びの復活を期待して毎月の購入は続けていたのだが、一向に運用成績は改善せず、2002年についに追加購入は諦めた。大きな含み損を抱えていることが売却することを躊躇わせ、保有は続けることに。あとはいつ処分するか、そんなきっかけを探す日々が続くことに。
今年になって楽天証券で海外ETFが比較的安い手数料で購入できることになったので、ちょうど良いきっかけだと思い、海外ETFへの乗換で富士グローバル・アクティブ・オープンを売却した。購入を開始してから6年以上かかった。長かった。
こんな体験をして、そしてウォール街のランダムウォーカーなどの優良な本に出会ってはじめてインデックス投資の有効性に気づくことになった。富士グローバル・アクティブ・オープンを購入して失敗したと思うような目に合わなかったら、優良な本を読もうと思うことも無く、インデックス投資の有効性に気づくことも無かっただろう。また今もまだアクティブファンドに大きな期待を持って購入していたかもしれない。そういう意味では富士グローバル・アクティブ・オープンは皮肉にも真っ当な投資のやり方に気づかせてくれたファンドであると言える。
成功体験や良い結果への期待から抜け出せず、いつまでも良くないやり方を続けてしまう人が少なくないだろう。でもそれは仕方の無いことだとも思う。だから、失敗するなら投資資金があまり膨らまない最初のうちに経験しておいた方が良いと思う。100万円の5割の50万円を失うのと、1,000万円の5割の500万円を失うのとでは、同じ5割でも大きな差だ。最初のうちにいろいろ経験をして、その中の失敗から多くを学べばいいのではないだろうか。
私はまだまだこの先の運用期間はあると思っているので、時間はかかったが比較的早い時期に大事なことに気づいたとも思っている。富士グローバル・アクティブ・オープンの運用成績は良くなかったが、学べたことは多かったというのが本音かもしれない。
※富士グローバル・アクティブ・オープンについては、私が投資した期間はあまり良い成績でなかっただけで、今後については全く予想できず、すばらしい成績を収める可能性だってある。その辺は各自でご判断を。
こんにちはysknyと申します。
大変な経験談を読ませていただきました。
人のふり見て我身・・・・・・と言いますが、参考とします。
さらにちょっと お聞きしますが、外国株フアンド、国内株フアンド、国内、外リート、国内、外債券・・・といろいろありますが、その年によりその割合を変更してよいのでしょうか。一定に保つことがベターでしょうか。
最近はとみに悩んでいます。
大変な経験談を読ませていただきました。
人のふり見て我身・・・・・・と言いますが、参考とします。
さらにちょっと お聞きしますが、外国株フアンド、国内株フアンド、国内、外リート、国内、外債券・・・といろいろありますが、その年によりその割合を変更してよいのでしょうか。一定に保つことがベターでしょうか。
最近はとみに悩んでいます。
2007-04-29 日 10:41:00 |
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yskny #- [ 編集]
ysknyさん、コメントありがとうございます。
私の失敗談が参考になれば幸いです。
さて、資産クラスの割合を変えるのが良いかどうかですが、アセットアロケーションの考え方からすると、適度にリバランスして割合は一定に保つというのが、一般的だと思いますし、私もそうしたいと思っています。なぜなら株式が上がるか債券が上がるか、先を読むのは難しいので、機動的に資産クラスの割合を変えてもうまく行かないのではないかと思うからです。マネックス資産設計ファンドはその時々で資産クラスの割合を変えるようですが、私個人にはそんな先を読む能力がないと感じてますので、一定にしたいと思います。一定に保つだけでも割高資産を減らして割安資産を増やす効果はある程度発揮できますので、それ以上欲張らなくてもいいかなと思っています。
ただ、若い時と定年後とでは適切な資産クラスの割合は変わってくると思いますので、人生の節目節目では割合の見直しは必要だと思います。
私の失敗談が参考になれば幸いです。
さて、資産クラスの割合を変えるのが良いかどうかですが、アセットアロケーションの考え方からすると、適度にリバランスして割合は一定に保つというのが、一般的だと思いますし、私もそうしたいと思っています。なぜなら株式が上がるか債券が上がるか、先を読むのは難しいので、機動的に資産クラスの割合を変えてもうまく行かないのではないかと思うからです。マネックス資産設計ファンドはその時々で資産クラスの割合を変えるようですが、私個人にはそんな先を読む能力がないと感じてますので、一定にしたいと思います。一定に保つだけでも割高資産を減らして割安資産を増やす効果はある程度発揮できますので、それ以上欲張らなくてもいいかなと思っています。
ただ、若い時と定年後とでは適切な資産クラスの割合は変わってくると思いますので、人生の節目節目では割合の見直しは必要だと思います。









